ありがとう、アルテッツァ

どうも、こんにちは。

いとらーです。

10月の初めころに東北に行って帰ってきて、仕入れた商品を梱包して愛車のアルテッツァでヤマトのセンターまで出荷しにいきました。

ほんの10分ほどだったと思います。

係りの人に荷物と伝票を渡して処理してもらって車に戻るまで。

出荷を終えてホッと一息ついて、エンジンをかけました。

キュルキュルキュル・・・

電気系統は付くのにドンとエンジンがかからない。

あれ?

バッテリーはちゃんとしているしなぁ。

なんだろう。

そうやって何度かイグニッションキーを回しているとその異常な音に気付いた近くの営業所の人が駆け寄ってきてくれました。

色々とブースターをつないだりとかしましたがダメでした。そもそも電気は通っているしなぁ。

自分では解決が出来なさそうだったし、ヤマトのセンターの前にずっと停めていてトラックの出入りに邪魔になっていたし、これは早めにレッカーしてもらった方が良いだろうということで保険屋に電話してレッカーしてもらいました。

大体1時間ほどでディーラーに着きました。

レッカー車の助手席に座りながら、ぼんやり、

「もう、だめなのかもなぁ」

というのが頭をよぎりました。

これまでも何度か動かなくなることがありました。

もう15年ほどになりますし、走行距離も20万キロを超えていました。

いつかはこの時が来るだろうなと言う予感は年々大きくなってきていたのですが毎年結構な額を使ってメンテナンスしていました。

他の人にとってはもう昔のポンコツおんぼろ車かもしれませんが、僕にとっては思いで深いかけがえの無い車でした。

息子が生まれて病院を退院して初めて外に出た時もこの車。ゆっくりゆっくり走って帰ったのを覚えています。

到底払いきれない額のカードの返済額を見て大声で泣き叫んだのもこの車。

ぎっくり腰の激痛で立ち上がれないほどの状態でも何とか座って移動できたのがこの車。

誰にも見せていない顔や誰も知らない話、アイデアなど全て知っているのがこの車でした。

だから、なかなか手放せなかったんです。

それが今回こういうことが起きてしまって、

「もうそろそろ休ませてあげよう」

そう思えるようになりました。

資金がない状態からせどりをやりだしたこともあって、せどりでは苦労の連続でした。

この車があったからこそ店舗を回れて低資金で回せる本せどりが出来たんだと思います。

逆に言えばこの車がなかったらおそらくセット本せどりはできていなかったと思います。

またセット本きっかけで始めたプログラミングもやっていなかったでしょう。

きっと全く別の人生を送っていたと思います。

だから、この車には感謝しかありません。

ディーラーでは担当の人と話す前にもう廃車しようと決意しました。

その旨を伝えて、話を進めてもらいました。

最終的には幾ばくかの下取り代が出るということで最後まで、本当に最後の最後まで恩をいただいてしまった形になります。頭が上がりません。

これまで本当にありがとうございました。

しかし、そうは言っても車がないと仕事にならないので感傷にも浸っておれず、すぐに次の車の見繕い。

ちょうどそのディーラーにノアが良い値段で置いてあったので、それをその場で購入しました。

なかなかの容積量で仕入れの運搬はとても楽になりそうです。

また車中泊も容易になります。

これでまた前のように大遠征ができます。

また、最近増えてきた数人での仕入れにもこの1台で行けそうです。

これからよろしくお願いします。

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コメント

コメント一覧 (1件)

  • たかが自動車 されど自動車
    苦楽を共にした相棒みたいな感じなのでしょうね?
    わかる気がします。

    お役目を終えて今はゆっくりしてるんじゃないでしょうかね?
    お疲れ様でした。

    新たな相棒との、遠征日記楽しみにしています。

はげぱぱ佐藤 へ返信する コメントをキャンセル

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